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大橋純子さんを囲んで-札幌時代の想い出  1998年

 


大橋純子さんからのメッセージ  

                      【写真】大橋純子オフィシャルサイトより引用
                           http://junko-ohashi.com/index.html


  『北大軽音楽部創立50周年』おめでとうございます!

 北大軽音楽部は私にとって、青春そのものであり、まさに今の歌手としての原点でもあります。ここで生まれて初めて「ロック」の洗礼を受け、バンドの諸先輩たちから音楽の多くのことを教わりました。ここで培われたロックテイストが今なお私の歌の礎となっていることは事実です。
 時は1970年、世の中は70年安保で騒然としている時代です。そんなある日、たった一人で軽音楽部のドアを叩き、中に入れてもらったのが幸運の始まりでした。まだ木造のボロボロのクラブ会館の一室。窓の外はヘルメットをかぶった学生たちが行き来しています。その日練習していたのがたまたま大槻さん率いる『バイカンツ』でした。『ちょっと聞かせてもらっていいですか?』そのうちに『歌ってみる?』と言われ、図々しくも歌ったのがきっかけでバンドに入れてもらえることになりました。バンド名はバンマスの大槻さんにより『ジェットマシーン』となり、バイカンツとはまた別のバンドとして誕生することになりました。

 この時生まれて初めて聴いたジャニス・ジョプリンの歌にはどれほど衝撃を受けたことか。『チープスリル』からまずは『サマータイム』を演ることになったのですが、歌も難解なら「シャウト?」など私には見当もつきません。『どうするんですか?』『とにかく大声を出し、声をのどにぶつけるんだよ!』。そんなやりとりの後、ひょんなことからできたシャウト。それがなんとも嬉しくて、それからは叫ぶ?日々だったかな? 
 ほぼ1年にも満たない月日でしたが、皆さんと一緒に音楽を演っていた日々が私にとってどれほど充実した時間であったか。幸せな学生生活であったか。色々な音楽を聴かせてもらい、バンドや曲の解説をしてもらい、本当に多くのことを教えていただき、大いに影響を受けました。この時の経験は今も私の宝です。北大軽音楽部との出会い、みなさんとの出会いが私の人生の道標となったことは確かです。言葉では言い尽くせません。心からこの幸運に感謝したいと思います。
 このメモリアルコンサートが最終ではなく、バンド再スタートのきっかけになりますこと心から願っております。どうぞ頑張ってください!!!

                    大橋純子