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椎谷 泰世    初代バイカウンツ ドラム・リードボーカル  


大学に入って、初めてドラムに触った。左利きの自分が、右用のドラムセットを叩いてみたが、
どうも上手く行かない。先輩の指示で、セットアップを逆にし、サウスポーのドラマーが誕生した。
間もなくその先輩が、一つの言葉を残して、函館の水産学部に去った。
いわく「週一の練習は論外。3回では下手になる。4回で現状維持。
上手くなりたきゃ、毎日5時間叩け。」教えどおり、無我夢中で叩いた。
そうしたらうまくなれた。実社会でも、この教えは効果的だった。
あれから50年。再び先輩の言葉が胸に去来する。
「演奏会を目前に、お前はまじめにやっているか?



松本 好弘 初代・バイカウンツ サイドギター

ベンチャーズのテケテケを聴き、ジンジンときて、女の子に振り向いてもらいたい
崇高な(?)心意気で、ドラムに一直線。
そしてビートルズ。あれから50年。
いまだに女の子に振り向いてもらえない、ロックン・ロールじじい
                               


 中山 清一  初代バイカウンツ ベース 

ギターを弾くようになったのは、高校時代に何気なく買ったWes Montgomeryのシングル盤を聴いてからでした。
ジャズ音楽、和音の美しさ・多様さ、アドリブの凄さ等々に感動したのを憶えています。
バンド活動は、1965年、ハワイアンバンドのマウナケア・アイランダースに入ってからでした。
コードというもの自体を知らないときでしたので、先輩から厳しい指導を受け、練習に励んだことがいい思い出となっています。
今日もバンド活動ができるのは、先輩をはじめ、多くの方々の支援の賜物と、たいへん感謝しております。


坂部 義郎  ザ・バイカウンツ リードボーカル

 思えば47年前、軽音楽部に入部して最初に組んだバンドでディブ.クラークファ
イヴの「Do You Love」という曲を歌った。生まれて初めて思い切りシャウトした。
演奏を聴いてくれた先輩から「君は歌う時の身体の動きがGood!」
 と微妙?なニュアンスのお誉めの言葉をいただき晴れてバイカウンツのメンバーに
選ばれた。人生の折り返し点を過ぎた17年前バンドを再結成した、
 まさか今日まで続けられるとはメンバーの誰もが考えなかったと思う。そして創部
50周年記念ライヴへの参加、人生に多くの楽しみを与えてくれた
 軽音楽部と仲間たちに感謝です!

千葉 知成  ザ.バイカウンツ ベース
 
昭和40年札幌北高に入学し、最初の学校祭で上級生のバンド演奏実演がありました。
とても素晴らしくて感激し、クラスメートと俺たちもバンドやりたいねと
それがきっかけでギターを始めました。
(後で知ることになるのですが、その上級生に工藤先輩がおりました)
Viscountsとの出会いは高3のときに、道新ホールで道内の大学軽音楽バンド演奏会があり
一番かっこよかったのがViscountsでした。特にドラムの椎谷先輩が印象的でした。私も
サウスポーなので。
北大軽音楽部で一番印象深いのが、1年生の冬に名寄での合宿生活でした。日中は練習に
明け暮れ、夜はダンスホールでの演奏と充実したひと時でした。
これまでたくさんの出会いや思い出があり、こうして現在も皆とバンド演奏が出来ることに感謝してます。

  

中村 隆志  ザ・バイカウンツ キーボード

数年前から大学時代の軽音楽部の仲間とバンドを再結成し、練習を続けています。
歳のせいかさっぱり上達せず、逆に劣化しているかもしれません。でもいいんです。
バンドやるのは楽しいので・・・。今回のような大きな会場でのライブは久しぶりですが、
良い演奏ができるように頑張ります。


大槻 博  ザ・バイカウンツ ギター

四年生の冬。卒論締切迫る中、すすきのでトラバンをやっていたのを思い出します。(故村山先生に叱られました)
学生最後のステージは、キングオブヒルトン(現在の東急インの辺り)で1972年1月16日だったかな?
メンバーは山下、末神、千葉、坂部、大槻の5名。

 

山下徹郎   ザ・バイカウンツ  キーボード
 
当時長髪のキーボード奏者でした。1967年大学入試が遅れ入学が7月になり、
其の足で軽音楽部に入部しました。
ドラム志望でしたが、恐ろしく上手なドラマーがいて、空席のキーボードになんとか潜り込みました。
コードもなにも知らないところからの出発でした。
バンドで50年つき合って来た仲間が、当時を思い出して、演奏を楽しみます。


小島 恵美子   ザ・バイカウンツ・オールド ボーカル
 
…想い出…………
親には 混声合唱団に入部した……
と嘘をついて ロックに夢中だった事を 思い出します。あれから ともすれば 半世紀近く。
今もこうして、 ご縁が繋がっていて 再びの青春らしき…今日この頃をすごすことになろうとは??
今回、 お誘いを頂いて、
錆びついた喉を解放させて、バックコーラス ガンバりたく思います?

 

山崎 和  ザ・バイカウンツオールド ベース
 
いつもあらゆる音楽に親しんでいるけれど、演奏活動の機会はほとんどなかった。
それでも、数えてみると10年に一度くらいは演っていただろうか。
数年前、我々の名ギタリストが逝去したのを機に、また演奏活動に誘ってもらい、Happy!
メモリアルライブで楽しめるよう、今のハードな練習を乗り切るのに全精力を注いでいる真っ最中。